CTYPE HTML PUBLIC "-//W3C//DTD HTML 4.01 Transitional//EN" "http://www.w3.org/TR/html4/loose.dtd"> 海凛房 ギャラリー情報局 // 2012年03月11日
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2012・03
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2012/03/11 (Sun) いつもありがとうございます。

こんにちは。

いつもありがとうございます。
0194.jpg


震災から1年経ちました。

今日の浜崎漁港は北風の強風が吹きまくり

寒い1日でした。



あの日私は、長男と一緒に

山手にある自宅に車で逃げました。

津波警報30cmでした。

逃げる途中、立ち寄った友人のテレビで

はじめて押し流されるたくさんの家を見ました。

友人は店でテレビを点けておらず地震も津波も知りませんでした。

私たちが到着してはじめて友人は津波のことを知りました。

でもまだ東北で原発が壊れた事は誰も知りませんでした。



あの日に亡くなられた皆様、

その後体調を崩され亡くなられた皆様、

ご冥福をお祈りいたします。

私はあの日ことを忘れません。

毎日「直ちに影響はない」と言った政治家たちの事。

退職金を5億円もらって退職した東電社長のこと。

よくわからない弁明を繰り返した安全保安員の事。

テレビに出ていた専門家と称する怪しげな人たちの事。

いつまでも避難できない子供たちの事。

たちまちビジネスチャンスとばかりに

登場した人物の事。

東京消防庁から派遣された消防士さん達の事。

壊れた原発のせいで

津波にさらわれた家族を捜索できなかったたくさんの方々の事。



私はチェルノブイリ原発事故のころ出産しました。

当時、日本の母乳にはすぐに影響が出ていました。

どこにも逃げ場はないと小出裕章さんから

そのころ福岡で直接講演を聞きました。

数回原発の危険性についての勉強会をしましたが

身近な人たちの心に届くような活動を

できませんでした。


もっと声を上げるべきでした。

周りの人たちに対してあきらめてしまっていました。


政治家たちや経済界の人たちや

電力会社の「原発は安全」という

新聞やテレビを使ったコマーシャルに

打ち勝つ事はできませんでした。


もうこのような事はたくさんです。

この1年悲しみと無力感でいっぱいでした。

亡くなった人々は帰ってきません。

病気になっても因果関係を証明する事は困難かもしれません。

国民がそのような政治家達を推しているのです。

私はもうこれ以上だまされたくありません。

経済より命が大事。

「絆」とは

動物達が逃げないように括り付ける綱の事でもあるのです。

美辞麗句よりも家族の心身の安全を優先しましょう。

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